二つの生き方

 パウロにとって、復活の希望がある以上「死」は恐怖ではなく、逆に、この地上から去ってキリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましいとまで言っています(フィリピ書1:23)。しかしユダヤ人の訴えが事実でない以上、無実は立証されなければなりません。真実は歪められてはならないのです。この法廷でパウロは、「もし悪いことをし、何か死罪に当たることをしたのであれば、決して死を免れようとは思いません」(11節)と述べ、結論として「我はカイザル(皇帝)に上訴せん」(文語訳)と答えました。パウロは、この上告によって、囚人としてローマの法廷に立つことを宣言したのです。


 ここに二つの生き方が示されます。一つは、(二人の総督のように)自分の利益を優先させる生き方、他方は、(パウロのように)神を信じ、神を畏れる者の生き方です。そこには嘘、偽りはありません。正しいことと間違っていることを明確に区別し、自己保身の道ではなく神様の言葉に従う道です。私達もパウロに倣って、従う者の道を歩んでいきましょう。