私を信じる者は、死んでも生きる

 本日の聖書は、ラザロの復活の出来事の前半部分です。ベタニアに住むマリアとマルタ姉妹は人を遣わして、イエス様に兄弟ラザロの病気を知らせましたが、イエス様がベタニアに向かわれたのは、その2日後でした。
ベタニアはエルサレムに近く、エルサレムにはイエス様の命をねらうユダや人がいて危険でした。弟子達の心配に対してイエス様は、「昼間は12時間ある。昼のうちに歩けば、つまずくことはない。」と言われました。
 神様の言葉に従い、神様の定めと命令を守る者は、神様が太陽の役割を果たして私達を守ります。イエス様は、常に神様と共に歩んでおられたので、神様の定めた時がくるまでは身に危険が及ぶことはないのです。
 イエス様達がベタニアに着いた時、ラザロの死後4日がたっていました。出迎えたマルタにイエス様は、「あなたの兄弟は復活する」「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。」と言われました。
 
 罪のために神様から遠く離れた(=魂の死)私達人間を、イエス様が、その霊によって生き返らせ、新しい命に生き始める道を開いて下さいました。イエス様が下さる「命」は「永遠の命」です。肉体的存在が崩壊した後も、イエス様と結び付いているゆえに永遠に死ぬことはありません。永遠の命は、「信仰」によって与えられ、信じる者はイエス様との命の結合関係に入ることにより「死んでも生きる」のです。