2013-11-01から1ヶ月間の記事一覧

「神に望みを置く」

本日開きました新約聖書のテモテの手紙は、一世紀の時代を背景としています。パウロが手紙の中でテモテに告げました。「この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽し…

「富は神からの賜物であり、恵みである」という本質

さて時代が進みまして、穀物を多く栽培し、実りを蓄積する者が現れてきます。又、羊や山羊を繁殖させて多くの群れを持つ者も現れてきます。富める者が現れてきます。収穫は神の賜物でありますから、富める者は、神から大きな祝福を与えられた者であり、逆に…

菜食から肉食も

やがてアダムから世代を数えて10代目の時に、ノアが登場致します。ノアの洪水の話も皆さんご承知の通りです。あの洪水が引いて、箱舟がアララト山の上に止まり、新しい時代が始まった時に、主は、ノアを祝福しています。雲の中に虹が現れると、神は、「この…

人は、顔に汗を流してパンを得る

さて、エデンの園のどの木からも取って食べても良かったのですが、一つだけ例外がありました。善悪の、知識の木からは決して食べてはならないというのです。理由は、かなり強い表現が使われているのですが、「食べると必ず死んでしまう」(17節)というので…

「神は人を園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。」

さて、今日の聖書にあるように、神様は最初の人アダムを、木の実りをもって養って下さいました。エデンの園のアダムに、主は次のように語りかけています。「園のすべての木から取って食べなさい」。アダムは、園の木の実で生きることが出来たのです。エデン…

はじめに

本日は収穫感謝を覚えての礼拝です。今の季節は、丁度、果物や穀物の実りの季節の時ですから、果物や穀物の収穫感謝ということを連想致します。特に日本では稲作の豊作を期待する時期でもあり、勤労感謝の祝日の時でもあり、さまざまに理解されるところです。…

1テモテへの手紙 6:17−20

創世記 2:15−17

救いの約束のもとで生きる

信仰とは神様への絶対信頼、絶対服従です。そこに、神様から命を与えられた人間の、本当の平安があります。目に見えない神様は、御子イエス様をこの地上に送って下さり、目に見える形で神様を現して下さいました。神様を絶対信頼する時に、私達もモーセのよ…

神の民と共に虐待される道を選ぶ

今朝は特に、二番目の、モーセが「信仰によって」王女の息子として生きるのではなく、ヘブライ人として生きる道を選んだことに焦点をあてて学びたいと思います。モーセは、富、権力、名声というこの世で価値あるものとされていたものを捨て、自分の同胞と共…

「信仰によって」

今朝読んだヘブル書11章は、信仰によって神様に認められた旧約聖書に登場する人々について語られています。その中の一人が「モーセ」です。モーセについて聖書は五つの出来事を取り上げて、信仰がどのように働いたのかを伝えます。 第一に、モーセの両親は「…

はじめに

モーセが生まれた時代、イスラエルの民はエジプトの国で厳しい重労働のもとに置かれながらも、人口が増え続けたため、エジプト王は脅威を感じて、生まれて来る男の子をみな殺すように助産婦に命じました。しかし神を畏れていた助産婦は男の子でも殺さず、モ…

ヘブライ11:23−29

出エジプト記6:2−13

「だれでもわたしのもとに来なさい。」

イエス様は、父である神様の御計画に従って歩んでおられるだけなのに、そのことを理解しない周りの者達の罪で責められ、多くの苦しみを受けられました。いかに苛酷な役割だったことでしょう。それでも主は、忍耐されました。もしそのような試練が自分に訪れ…

身代わりの犠牲とあがない

イエス様は、恩赦になる「バラバ」のために、身代りに犠牲となられました。それは一人の人間「バラバ」のためだけに限らず、神様を無視して生きる「この世」のことを第一にして「神様を二の次」にして生きる姿勢を変えることの出来ない、罪に捕らわれた私た…

ローマ兵士の罪

ピラトがイエス様の死刑判決を下した結果、ピラトの配下にある兵士達は、図に乗って、被告人イエス様を傷つけました。鞭で相当傷ついておられたにもかかわらず、イエス様の服を自分達の冗談で脱ぎ着させたり、茨の冠を造ってかぶせたり、葦の棒で叩いたり、…

神ではなく、人を見たピラト

過越祭における恩赦(囚人一人の解放)は、そのような背景のもとで、総督ピラトの人気取りの政策の一つだったのでしょう。ピラトのもとに押しかけて来た「群衆」は、恩赦を利用して、暴徒として投獄されていたバラバ(恐らく政治犯)の釈放を叫びました。そ…

はじめに

イエス様は、同胞のユダヤ人達の有力者達から成る最高法院での裁判に於いて、ご自分を神の子とした「冒とく罪」により「死刑」の宣告を受けました。当時、ローマ帝国の支配下に置かれていたユダヤでは、ローマの許可がなければ死刑執行は許されないため、最…

マルコ福音書15:6−20

イザヤ書53:6−12

復活

「復活」は、「天上」のことがらです。私達は地上で肉体をもって生きており、天上のことは聖書を通して、又、信仰を通して知る以外、道はありません。私達の知識は一部分であり、復活については、おぼろにしか映らない鏡を見るようです(第一コリント13:12)。 …

「あなたたちは聖書も神の力も知らない。」

イエス様は、サドカイ派の質問は大変な思い違いからきており、それは、彼らが聖書も神の力も知らないからであると断定しました。彼らは、「天上」のことを「地上」の延長としか考えませんでした。しかし復活の時には「男も女もなく天使のようになる」とイエ…

サドカイ派の質問

今朝の聖書は、「復活」を信じないサドカイ派の質問と、それに対するイエス様の返答です。質問とは「もし復活があるなら、再婚した兄弟達にとり、女は誰の妻になるのか」です。この問いの背景には、家名が絶えない為、又、家の財産を守る為、子供のないまま…

霊の命

三つの命とは、体の命、精神(こころ)の命、霊の命です。テサロニケの手紙に、「あなたがたの霊も魂(口語訳では心)も体も何一つ欠けたところのないものとして守られるように」との、祈りの言葉が記されています。神様を知らない人々は、自分の中に霊の命…

はじめに

本日は、召天された方々を覚える記念の礼拝です。毎年、11月の最初の日曜日の召天者記念日を迎える度に、私は信仰を与えられて生涯をおくることが許されているキリスト者の幸せを神様に感謝しています。なぜ幸せかと申しますと、ここに飾られている写真の方…

マルコ福音書12:18−27

詩編105:1−11

主イエスと共に生きる

「神に望みを置く」 佐々木哲夫先生(東北学院大学) 創世記2:15−17・?テモテ6:17−20*はじめに 本日は収穫感謝を覚えての礼拝です。今の季節は、丁度、果物や穀物の 実りの季節の時ですから、果物や穀物の収穫感謝ということを連想致します。特に日本では…