2012-03-01から1ヶ月間の記事一覧

「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」

この意味は、「穀物の種は、豊かな実を結ぶ為には、死ななければならない。一粒の種は土に落とされ、土に埋もれなければ、いつまでもただ一粒のままでとどまっている。けれども、地中に埋もれて古い命を失うならば、やがてその殻を破って、多くの新しい命が…

「栄光を受ける時が来た。」

今朝の聖書には、エルサレムに礼拝する為にやって来た数人のギリシャ人が、イエス様に会いたいと、弟子のフィリポの所にやってきた時のことが記されています。イエス様は、御自分のところにギリシャ人、つまり外国人がやってきたことを聞いて、御自分が栄光…

罪の処置(後始末)

罪には、法的な罪、倫理的な罪、祭儀的な罪などありますが、全ての罪の根底に、神様からの「そむき」(離反)の罪を見る旧約聖書は、徹底的な罪のつぐないを求めています。その第一は「悔い改め」です。そして第二は「あがない」です。あがないとは、もとも…

神様は、聖であり、義である神様です。この神様への信仰を中心としている聖書には、「罪」と言う言葉は多種類におよび、真剣に取り上げられています。「的を外す、失敗する」「悪を行う」「背き、反逆」などの意味を持ちますが、「罪」の語は、罪の結果とし…

はじめに

受難節に入り一ヶ月が過ぎました。この時期は私達キリスト者にとって、2000年前、「イエス様が私達(私)の罪のために十字架にかけられた」出来事を思い起こして、罪と向き合い、克己・修養・悔い改めの時です。日本では、「罪」という言葉は、法を犯して刑…

ヨハネによる福音書12:20−26

イザヤ書63:7−9、

「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」

イエス様は、神様が御自分のことを、「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と言われたことを引用され、アブラハム・イサク・ヤコブ(イスラエル人の祖先)は、神様を信じて生きたことで、神様の前に生きている状態であると言われました。(「永遠の命…

復活

イエス様に論争を挑んだサドカイ派の人々は、「生きる」「死ぬ」という言葉を、この世の肉体上の命に結びつけて、「復活」を考えました。彼らはこの世に足の主軸を置いて、聖書や神様のことを論じようとしています。しかしイエス様の言われる「死んでいる」…

イエス様の答え

イエス様は、復活は勿論ある。けれども復活後は、人は、この世の婚姻関係に縛られることなく「天使のようになる」と答えられました。 そして彼らの、「復活も天使もない」という間違った主張と、「復活」を誤解しての質問に対して、「あなた達は聖書も神の力…

サドカイ派

サドカイ派は、ファリサイ派と共に、当時のユダヤ教の指導者グループを二分する勢力でした。 彼らは、エルサレム神殿で礼拝をささげることが神様に対する最大の信仰と考えていました。 当時首都エルサレムには「最高法院」があり、宗教と政治の権力が集中し…

はじめに

イエス様が十字架につけられたのは金曜日ですが、三日前の火曜日は、イエス様を敵視する有力者達との論争が多くなされました。その中で前回は、ファリサイ派とヘロデ派と言われる人々がイエス様に論争を仕掛けた時のことを学びました。彼らは、イエス様の真…

マルコ福音書12:18−27

出エジプト記3:15−20

「だから、目を覚ましていなさい」

今日の結論はこうです。「だから目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなた方には分からないからである。」 イエス様は私達に信じることを通して永遠の命を与えて下さり、神の国の民として下さいました。私達は将来の約束と希望…

分断・選別

再臨の時、何が起こるのでしょうか。 イエス様は畑で労働する二人の男と、食事に必要な粉を得る為に、石臼を回す二人の女性を例にあげています。この人達は、外側から見る限り同じことをしています。しかしその時、一人はイエス・キリストとの交わりに引き揚…

ノアの洪水

終末・再臨は、ノアの洪水の時と同じようにやってくるとイエス様は語られました。ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりという日常生活が行われ、洪水が襲って来るまで誰も何も気付きませんでした。 ノアは神と共に歩みま…

終末についての質問とこたえ

本日の聖書の少し前の3節に、「イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子達がやって来て、ひそかに言った。『おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終る時には、どんな徴(しるし)があるのですか。』」とあり…

はじめに

大震災から今日で一年がたちました。昨年の3月11日は金曜日でしたが、翌々日の日曜日の礼拝までには電気は復旧せず、外からの光だけで礼拝を守りました。出席者は、伝道所に避難されていた会員・求道者8名でした(子供2人もいました)。 あれから一年、それ…

マタイ福音書24:36−44

創世記6:9−13・7:10−16

光の子として歩む

真っ暗な部屋に一筋の光が入った途端、暗闇は逃げて行きます。私達クリスチャンは光ですから、闇とは共存できません。 14節には「眠りについている者、起きよ」と呼びかけています。眠っている人は、眠っていることを自覚できません。自分が眠っていることを…

光から生じるもの

9節に、「光から、あらゆる善意と正義と真実が生じるのです」と記されています。あらゆる奉仕に働く善き意志、悪から遠ざかる正義、偽善を拒む真実が、光から生れます。光は、多くの実を育てて成熟させます。ガラテヤ書では、光から生れるものを「霊の実」と…

今は光となっている

8節に、「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています」とあります。クリスチャンは「光」とされました。神様が光であるから、御子イエス様は、光としてこの地上に来られ、そして、信じる者は「光の子」とされ、神様に愛されて…

神に倣う者となりなさい

神様は、たとえ私達がどのような者であっても、全くの無条件で、信じる者を神の子とされました。「神に倣う者」とは、神の子としてふさわしくありたいと願うことであり、イエス様に倣うということでもあります。イエス様は私達の為に、ご自身を捧げて下さっ…

私達は神に愛されている子供

5章1節で、「あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい」と呼びかけています。私達は神様から愛されている子供です。なぜなら神様は、私達に愛する独り子イエス様を下さったからです。 もしもイエス様がおられなかったら、私達は神…

はじめに

キリスト者とは、「イエス様を、神の子・救い主と信じる者」です。 以前は、そのような信仰を与えられていなかった者が、神様に出会い神様から信仰が与えられ、神様を信じて従って行く決断をして、バプテスマを受けてクリスチャンになった者です。今日の新約…

エフェソ書5:6−14

詩編 18:26−35