「石をパンに変えよ」

空腹のイエス様に、悪魔は「あなたが神の子ならば、石をパンに変えよ」と誘惑した目的は、自分の命を保つためならば、神の子に与えられている奇跡を行う力を使っても何の問題もないだろうというわけです。拡大解釈するならば、石を(人間の命を基本的に支える)パンに変える奇跡を行うなら、イエス様が人々にご自分を神の子と信じさせる目的は、成功するだろうとの誘惑があります。(ヨハネ6:26参照)。イエス様はこの誘惑に対して、申命記8章3節「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きる」と答えられました。神様を信頼して生きる者は、生命維持のために自分の力でパンを獲得するのではなく、養って下さる神様から必要なものを受け取ること、又、命を支える手段はパンだけではない。神様が「光あれ」と言われて光があったように、神様が「生きよ」と言って下さるなら、私達には生きる道が備えられるということです。大切なことは、私達の肉体への配慮ではなく、私達の魂が神様に向かい、神様からの言葉と神様の命をいただくことです。