2007-12-09から1日間の記事一覧

私達の教会生活

私達は今日の聖書から、毎週礼拝に教会に向かう時の自分の意識を吟味したいと思います。「祈りの家に行く」との思いで毎週来ているのか、又、ここでの礼拝が、神様の前で悔い改めの時、ゆるしをいただく恵みの時、感謝をささげる喜びの時、祈る力をいただく…

イエス様の教え

イエス様はイザヤ書56:7とエレミヤ書7:11を引用され、「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。ところが、あなたたちは それを強盗の巣にしている。」と言われました。彼らが神殿に依存しているのは神への祈りの為ではなく、神殿があたかも強盗の…

神殿は祈りの場所

神殿(教会)は神の家です。神殿で人は神様に心と思いを向けます。神殿での仕事は祈りです。人は、神様が自分と共にいて下さり、祈りを聞いて下さり、神様の憐れみといつくしみの中に自分が置かれていることを確信して神様と語るのです。神殿の境内で商売を…

神経をマヒさせる日常の光景

イエス様が神殿でご覧になったのは、動物や鳩を売り買いする人々、両替人の台がずらりと並び、そこでお金を計算し取引する人々でした。おそらく動物の鳴き声や人々の声の飛び交う騒々しいこれらの光景は、イスラエル人にとっては見慣れた姿であったのでしょ…

神殿における売買

イスラエルの人々にとって神殿は大変大きな存在でした。過越しの祭りや、仮庵の祭り、七週の祭りなどの大きなユダヤ教の祭りの時には世界各地からエルサレムに集まり、犠牲の捧げもの(牛や羊、貧しい人は鳩)をささげました。これらは聖なるものとして無傷…

宮清め

今日の聖書は「宮きよめ」と呼ばれている大変有名な個所でもあります。平和の象徴である「ろば」に乗ってエルサレムの町に入られたあの柔和なイエス様が宮にいた人々を追い出された、という出来事に私達は驚かされます。イエス様のご生涯においてこのような…

はじめに

本日、待降節第2週目に入りました。先週、キャリー牧師が説教で語られたように、「待降節は多忙な日々をスローダウンして平静になり、『誰が現実にすべてを支配しているか』を思い起こす時」として過ごし、父なる神様が、私達を罪の支配から救い出す為にイエ…

 21章12−17節

12 それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。13 そして言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。』/ところが、あなたたちは/…