悲しみのあとの癒し

 皆さんは今、幸せな中で生きている方もおられると思いますけれども、そのような人達も、悲しい演歌やいろいろな歌(クラシック音楽なども)を通して悲しい歌や音楽を聴くと、何となく私達の心が深くその悲しみに沈みながら、自分が癒されるような気持になる時があります。私が研究した北森嘉蔵先生は特に歌舞伎が好きだったらしく、歌舞伎を見ながら慟哭する。はらわたが痛むほど泣く。そのような後で自分がすっきりしたような気持になるというのです。なぜ私達はこのように悲しい歌、悲しい映画を見ながら涙を流すことによって自分が癒される気持になるのでしょうか。それは、私達の人生が、又、私の心の深い深いところに、深い悲しみと嘆きを持っている。音楽やドラマがそのようなところを引き出して、共に泣くことによって自分が癒される気持になる。私達の人生が深い悲しみをもっているのはなぜでしょうか。それは、神様の前で喜んで生きるしかない私達が、神様に背いてしまう。それでお互いが憎み合い殺し合う・・そのような人生の中を生きる私達の中には、故郷を失った旅人のように、そのような嘆きが深いところに潜んでいるのではないでしょうか。