はじめに

 今日の聖書は、イエス様が荒れ野で悪魔から誘惑を受けられた時の出来事です。私達が信じるイエス様は神の御子であり、私達人間を救う為に、この地上に人間として生れて来られました。人間として生れてくださったということは、肉体を持つゆえの苦しみや戦いが私達と同じようにあり、その御生涯は、私達と比べることの出来ない、はるかに厳しいものでした。

エス様が、おおやけの生涯に入られたのは30歳の頃と言われますが、最初にされたことは、ヨルダン川に行き、バプテスマのヨハネから洗礼を受けることでした。ヨハネは、罪を犯されなかったイエス様に洗礼を授けることを拒みますが、「正しいことを行うのは我々にふさわしいこと」と言われて授洗します。すると天が開いて神の霊がイエス様の上に降り、「これは私の愛する子、私の心に適う者」という神様の御声がありました。

その後、イエス様に降った霊が、イエス様を荒れ野に導いていきました。

霊に導かれて荒れ野に行かれたということは、このことが神様から出た、神様のご計画であったと受けとめることが出来ます。

なぜ、神の御子が誘惑を受けなければならなかったのでしょうか。