「神から出た教え」

  今日の聖書では、祭りに行かないと答えたイエス様が、その後人目を避けてエルサレムに上り、祭りの中頃、神殿の境内で、人々に旧約聖書から教えられたと伝えています。それを聞いたユダヤ人達はイエス様が学問をしたわけでもないのに聖書を良く知っているので驚いたと記されています。それに対して、イエス様はこう言われました。
わたしの教えは、自分の教えではなく、私をお遣わしになった方の教えである。この方の御心を行おうとする者は、わたしの教えが神から出たものか、わたしが勝手に話しているのか、分かるはずである。自分勝手に話す者は、自分の栄光を求める。しかし、自分をお遣わしになった方の栄光を求める者は真実な人であり、その人には不義がない。」  イエス様の教えの中に神ご自身の御声を聞くかどうかは、その人が、神様との生きた交わりをもっていること、本当の信仰を持っている者、神様の御心を行おうとする者であるかどうかが問われます。
  私達の語る言葉が人間から出ているなら、その言葉はその語った人に帰っていきます。けれどもその言葉が神様から出てくるなら、それは神様の栄光を表わし、目を神様に向けさせ、神様に対する感謝と神様への愛を引き起こします。自分を高めようとする者は、真理を手に入れることは出来ません。神様の栄光を表わそうとする者、神様を中心として歩む者だけが真理にとどまることをイエス様はここで教えておられます。


私達は、自分の意志を貫くことを最優先に考えたがります。しかしその前に先ず「イエス様のように神様の御心を行う者になりたい!」との願いと祈りをもって、今週の歩みを歩んでいきたいと願うものです。