譬えの意味

 「宝」と「高価な真珠」にたとえられているものは何でしょうか。
これは、天の国のたとえですから、宝や真珠にたとえられているのは、神様の支配の中に入ること、神様の支配のもとで生きることです。もっと具体的にいうならば、天の国への道しるべであるイエス・キリストに出会い、イエス・キリストと共に生きるということ、そして永遠の命をいただき、神の国に入ることです。そしてこのことは大きな喜びを伴う出来事なのです。ただし、この大きな喜びのためには「それまで持っていたものを手放す」という行為(犠牲)が伴います。なぜなら神の国に入ることは、自分を神様の支配のもとに置き、神様のルールに従って歩み出すことですから、いままでの、自分を主人公とする生き方を捨てなければならないからです。
 このことを恐れることはありません。自分をみればわかるように私達は頼りない者です。何が起こるかわからない世にあって、明日の自分のことを知ることは出来ません。大震災がそのことを教えています。
それに対して神様は全知全能であり、私の生と死を支配される方、わたしのすべてを知っておられますから、神様の支配のもとで生きることが出来るならば、私達には、何も恐れるものはありません。