はじめに

 今日の聖書は、イエス様とファリサイ派の間に起った「安息日論争」といわれる大問題の一つです。ファリサイ派の人々は、イエス様の弟子達が麦の穂をつんで食べた行為を「収穫」(労働)とみなして攻撃しました。神様の憐れみなど豊かな恵みを伝えるのではなく「何が何でも律法遵守」と民衆を抑圧して苦しめてきたことは1章21節以下にも記されています。それに対してイエス様は、律法などの「形式」が第一の優先事項ではなく、「神様に喜ばれる性質を伴って、神様に従って生きる」ということこそが、神様が私達に求めておられることだと、ダビデ王と供の話(サムエル記上21:2−6)を用いて示されました。