はじめに

 本日は、パウロの第二回目の伝道旅行の最後の伝道地となったコリントでの出来事を通して学びたいと思います。


 コリントは、紀元前27年にはローマのアカイア州の首都となり繁栄しましたが、不道徳な町でも有名でした。パウロは職業が同じであったユダヤ人夫婦(アキラと、その妻プリスキラ)の家に拠点を置き、一緒に仕事をしながら安息日になるとユダヤ人の会堂に行き、そこで伝道しました。


 ベレアの町で別れた旅の同行者シラスとテモテがコリントに到着し合流すると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人にメシアはイエスであると力強く証しをしました。しかし、福音を受け入れずにパウロに反抗し、口汚いののしりが激しさを増す中で、パウロは宣教を中止し「あなた達の血はあなた達の頭に降りかかれ。私には責任がない。今後、私は異邦人の方へ行く」と宣言したのです。「福音を受けつけずに追い出す者は、そのことの責任は、すべて彼ら自身が負わなければならない」ということです。