イエス・キリストはパウロにも私たちにも同じように・・

 パウロに現れてくださったイエス・キリストは、聖霊の働きを通して今を生きる私達にも深くかかわって下さいます。今、ここにこうして礼拝に招かれているのも、聖霊の働き(導き)によるものです。私達が意識する、しないにかかわらず、神様は生きて働き、人格(神格)をもって私達を招き、私達が神様に向かって手を差し出すのを待っておられます(讃美歌2編:196番)。


 聖書は神様の言葉であり、神様の霊の導きの下に書かれており(二テモテ3:16)、そこには真理の光があります。真理を求める者は誰でも真理のもとにくることが出来ます(ヨハネ8:31−32)。 暗闇を歩けば小石にもつまずくように、生まれながらの人間が自分の正しいとする判断だけで生きることは、暗闇の中を歩くようなものです。しかし聖書の光に照らされながら歩くことは、太陽のもとで歩くのと同じで、小さな小石でもはっきり見えて、つまずくことはありません(ヨハネ福音書12:35−36)。


 パウロは神から来る平安の中で語り続けました。彼には主イエス・キリストの言葉「行け。私があなたを遣わすのだ」(21節)が傍らにいつもあります。