「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

  そのようにして、神の国と神の義を求めるという信仰生活が与えられてもなお、この言葉は、その日の苦労、その日の思い悩みは残るということが言われます。しかしその思い悩みは、もはや人生が行き詰ってしまうような、思い悩みではありません。なぜなら私達は、絶望の淵に立ち、私達を救おうとなさる主イエス・キリストが、私達と共にいることを知らされているからです。思い悩みの只中にある私達と共に、主イエスはいて下さる。たとえどのような辛く悲しい現実があろうとも、私達の与えられている希望は決して無くなることはありません。そして、その希望は、私達が死んだ後もなお、輝いています。