2010-06-13から1日間の記事一覧

強い光

この中で二箇所を特に「強い光」として心に刻みたいと思います。 一つは、「怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。」 もう一つは、「できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。」 このことを、今日の伝道所設立の記念礼拝の時に覚…

「光としてある」とは・・

そのようなことを思う時に、光としてある、とは一体どういうことかということを、ローマの手紙の12章9節から読んでみたいと思います。 「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、 兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れ…

燭台は教会

光を灯すのが私達(神の光を得る)とするならば、その燭台は「教会」であると言えるかと思います。教会はイエス・キリストの体であると教えられています。世の光として私達が光り輝く。それは燭台と共に輝くといっても過言ではないと思います。ある意味で教…

新約聖書における光

光というものは、旧約聖書だけではなくて新約聖書においても大事な役割として表現されています。二つほど新約聖書から光について選び出したいと思います。まず、光というものは神である。私達の心に存在する神そのものである。という言い方が記されています…

七枝の燭台の光

ゼカリヤに示された幻、七つの枝のある燭台の光は、「武力によらず、権力によらず、ただわが霊によって」と主が語る。そういうことを私達に教えております。武力や権力によって成し遂げられることであったとしても、そうではなくて、「主の霊によって」なす…

イスラエルの民の思い

荒野の旅をしてイスラエルに戻った彼らは、エルサレムを首都と定めて安定した国家を形成しようとしていきます。荒野でさまよっていた不安定な時代だけでなく安定的な国家を形成して安定した時代にあっても、七枝の燭台のある幕屋の神殿は、相変わらずユダヤ…

常夜灯(一晩中ともす光)

ゼカリヤ書4章の最初に、神から示された幻が記されております。 「『何を見ていたのか』と尋ねたので、私は答えた。「私が見ていたのは、すべてが金でできた燭台で、頭部には容器が置かれていました。その上に七つのともし火皿が付けられており、頭部に置か…

はじめに

イスラエルの国は、その首都を今も昔もエルサレムに置いております。政治の中心地ですから、当然ながらエルサレムには国会議事堂があります。その傍にこじんまりとしたバラ園があり、そこにブロンズ製のモニュメントが建てられています。モニュメントは少々…

12章9−21節

9 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、10 兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。11 怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。12 希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい…

4章6−7節

6 彼は答えて、わたしに言った。「これがゼルバベルに向けられた主の言葉である。武力によらず、権力によらず/ただわが霊によって、と万軍の主は言われる。7 大いなる山よ、お前は何者か/ゼルバベルの前では平らにされる。彼が親石を取り出せば/見事、…

説教要旨 「ただわが霊によって」 東北学院大学 佐々木哲夫先生

伝道所開設6周年記念感謝)の礼拝説教要旨