はじめに
皆さんはつまずいたことがおありでしょう。多くの場合、つまずくところびます。行くべき目的地があるのに、つまずいて転ぶと目的地への到達は遅れ、転び方がひどい場合には、目的地到着を断念せざるを得ません。同じことが信仰の世界でもいえます。
会堂で
この日イエス様は故郷ナザレに戻られ、ユダヤ人の会堂で教えられました。ふるさとの人々が、イエス様の話を聞き終り、言った言葉が54節にあります。「この人は、このような知恵と奇跡を行なう力をどこから得たのだろう」と。ふるさとの人々にとって、自分達の知っていたイエスという人物がなぜこのように話すことが出来るのか不思議でした。語る言葉には権威があり、力がありました。見るところ、自分達の知っているあの大工の息子のイエスであり、又、母マリアもイエスの兄弟姉妹もまだ村にいます。自分達と同じ延長線上にいるはずのイエスが、はるかにそれを越えた話をしたことは大きな驚きでした。しかし彼らのその驚きが尊敬に変わることはありませんでした。
つまずく
かつて自分達と一緒に過ごしたあのイエスが、何でこのように話せるのか、との疑問は、イエス様を信じる方向には導きませんでした。自分達はイエスの生い立ちを知っている、その古い知識が、新しい出会いを妨げました。出身や家族についての知識、共有する過去の思い出は、イエス様を受け入れるのに何の役にも立たなかったばかりでなく、むしろ邪魔をしたのです。そこでイエス様は当時良く知られていた格言、ことわざを口にされました。
「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである」。人間という者は、自分の先生とか教師・指導者として尊敬するのは、その人の過去を知らない人であり、一緒に育った人、過去を知っている人を敬うのはむつかしいということでしょう。不信仰のふるさとの人々を聖書は57節で「このように、人々はイエスにつまずいた」と表現しています。
拒否反応の共通点
イエス様の家族も、ファリサイ派や律法学者もそうでしたが、イエス様のまわりにはイエス様の語ることに耳を傾けず、批判する人々が多くいました。彼らは神を信じていましたが、神様がイエス様を自分達以上に高く置かれていることを認めたくありませんでした。それには、イエス様を自分達のところまで引きずり下ろさなくてはなりません。そこで彼らはイエス様のこの世における、大工という父親の職業や、母の名前、イエスの弟妹達のことを言うことによって、自分達と同じレベルに並べたと考えたのです。彼らは昔からある価値観や信頼するものをもっていました。又、自分のことは自分が一番よくわかっているという自負心もありました。その自分達の教師になるべきふさわしい人は、昔から知っているあなたではなくて、もっと別の名の通った正統派の教師だと言いたかったのでありましょう。
傲慢はつまずきの石
神様を知る、イエス・キリストに出会う、真理に到達することを願うならば、つまずきの石となっている、この私達の傲慢さを打ち砕いていただかなければなりません。私にはあなたの助けは必要ないと心を閉じて、だからこのままで十分なのだといわしめるものは、私達の傲慢にほかなりません。ふるさとの人々は、「イエス様を信じた時に救いへの道が開かれていく」ことを知りませんでした。彼らが知りたかったイエス様の知恵と力の根源も、イエス様を信じた時にはじめて理解できるのです。しかし彼らは信じる前につまずきました。イエス様の人間的血筋にこだわり、しかも自分達が知りうる範囲だけの知識に基づいて判断したからです。小さな自分の知識の枠の中にとどまり、大きな力の働きに向かって信じる決断の一歩を始めることが出来ませんでした。
十字架もつまずき
馬小屋から始まったイエスさまの一生は一貫して低い生き方を通されました。イエス様が弟子として選ばれた人達、すすんで関わりを持たれた人達は、地位や名誉のある自分を高くしている人達ではありませんでした。弱い人、人から軽蔑されている人、苦しんでいる人達が友でした。しかも最後は十字架という犯罪人がかかる死刑で殺されました。イエス様は常に低いところにご自分を置かれました。それが人々にとってはつまずきになりました。なぜなら人々は、身近な人、良く知っている人ではなく、高い所に自分を置いているような人を指導者として尊敬したいのです。イエス様の十字架は多くの人達にとってつまずきとなりました。「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシャ人は知恵を探しますが、私達は十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわちユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものです。」(Ⅰコリント1:22−)。十字架という死刑で殺された人をなぜ救い主として拝むのか、はユダヤ人だけでなく、日本においてもつまずきです。私達はそれを知りつつ、なお、イエス様は神の御子であることを告白し続けています。