2008-08-31から1日間の記事一覧

イエス様の主権

最後に読み取りたいのはイエス様の主権です。「ユダの接吻」では、「友よ、しようとしていることをするがよい」と言われました。(他に、「あなたは何の為にここにいるのか、そのことをやれ」との訳があります)。「弟子の抵抗」に対しては、「願うなら、父…

大勢の群衆

三つには「剣や棒でイエス様を捕えにきた当局者に遣わされた群衆」の姿です。イエス様には武力でしか立ち向かえないという彼らの弱さの表われです。しかも夜ひそかに、です。彼らが正しいことをするのであれば明るい時に堂々とやったでしょう。彼らはそれが…

弟子の抵抗(大祭司の手下に打ちかかって)

二つには「弟子による抵抗」(51節・ヨハネ福音書ではペテロ)です。ペテロはイエス様と生死を共にする決意を述べていました(「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても・・」)から、この場でもイエス様をお守りするという覚悟だったのでしょう。しかし…

「先生、こんばんは」(49節)

「こんばんは」と訳されている原語は「喜びあれ」という意味があり、普通のあいさつ言葉として使われていました。(口語訳では「先生いかがですか」、文語訳では「ラビ、安かれ」)。ヘブル語のシャロームと関係ある言葉だそうです。この相手への挨拶と信頼…

ユダの接吻

一つは「ユダの接吻」です。ユダは銀貨30枚と引き換えにイエス様の居場所を密告する約束をしていました。時は過ぎ越しの祭りで、町は巡礼者でごったがえしており、イエス様を捕えることで町が騒ぎになることを恐れたユダヤの当局者は、人に知られず、失敗し…

はじめに

本日の聖書箇所には、イエス様がユダヤ当局者から捕えられる場面が描かれています。神の国について宣べ伝えていたイエス様が、どのようなプロセスを経て十字架という極刑につけられて殺されたのか、福音書にはくわしく(26章から7頁にわたり)記されています…

 26章47−56節

47 イエスがまだ話しておられると、十二人の一人であるユダがやって来た。祭司長たちや民の長老たちの遣わした大勢の群衆も、剣や棒を持って一緒に来た。 48 イエスを裏切ろうとしていたユダは、「わたしが接吻するのが、その人だ。それを捕まえろ」と、…