宣教

では、伝道がこの世の知恵の言葉によらないとするならば、どうやって宣べ伝えるのでしょうか。今日の聖書で、パウロは、「“霊”に教えられた言葉」(13節)によって語り、神様が、世界の始まる前から定めておられた「隠されていた、神秘としての神の知恵」(7…

はじめに

使徒パウロは、熱心なユダヤ教徒であり、又、ファリサイ派の指導者として有名なガマリエルの門下生として厳しい教育を受けてきた人です。 「自分は律法に関しては非の打ちどころのない者であった」と自己紹介しているほどです。その彼が、イエス・キリストに…

コリント一 2:6−11

箴言1:7、2:1−12

救いの御業

神様の救いの御業は、預言により前もって知らされ、天使による夢のお告げ、星の動きや人間界の出来事までも用いられて、信仰者を通して実現していくことを聖書は何度も示しています。私達も一つ一つの出来事を、表面的な感情だけで反応するのではなく、神様…

『ナザレの人イエス』と呼ばれた主

今日の聖書の直前に、夢で天使からヘロデ王の殺意を知らされ、両親は幼いイエス様を連れてエジプトへ逃げたことが記されています。その後、再び天使からヘロデ王の死によって、イスラエルに戻るよう示されます。イエス様の父なる神様は、御子イエス様を「ガ…

神にささげられた、聖別された人

又、「ナザレ」の発音と「ナジル」の発音は似ています。「ナジル人」(アラビア語のナザラが語源)には、「誓われた者」という意味があり、ここから更に発展して「神にささげられた人、聖別された人」と言う意味があるそうです。ここでは、ナザレ人イエス様…

「ナザレ」は預言の成就

その一つは、今日の旧約聖書イザヤ書11:1に、「エッサイの株から出る若枝」とあります(エッサイはダビデの父)。「救い主」はダビデの子孫から生まれるとイスラエルの人々は信じてきました。「若枝」(ネ―ツェル)」も「救い主」を表し、また、「若枝」と…

はじめに

「ナザレの人イエス」…イエス様は、生前このような呼び方をされることがありました。私達信仰者はイエス様のことを「イエス・キリスト」と呼びます。「キリスト」とは、「救い主であるイエス様」という意味です。私達が「イエス・キリスト」という時、それだ…

マタイ福音書 2:19−23  

イザヤ書11:1−5

「知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿って下さる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。」

私達は、イエス様の十字架を通して、イエス様によって、神のものとされました。私達を神様から隔てていた罪を、イエス様の十字架により取り除かれました。イエス様が御自身の血をもって、そのような尊い犠牲の代価を払って下さったことにより、私達は神のも…

反論の根拠

パウロは、不品行を戒めなければならない四つの理由を挙げます。 1.私達の体は、主の栄光を現す為にあること。2.私達の体は、主への奉仕の為にあること。3.私達の体はキリストの体の一部であること。4.性的不品行は、私達の全人格を破壊する行為であ…

すべてのことがゆるされている

信仰者であるにもかかわらず性的不品行を行なう人達は、自分のしていることを悪いとは考えていませんでした。彼らの口癖は「私には、すべてのことが許されている」でした。彼らは当時はやりの思想であった「霊と肉を分けて」考え、「自分達はイエス・キリス…

はじめに

今朝は、コリントの教会のクリスチャンにあてたパウロの手紙から学びたいと思います。コリントの町は、東洋と西洋の中継地として栄え、経済・文化・宗教などギリシャと東方の思想が出会う場所でした。パウロが伝道した当時、東西南北の交通路の交差点という…

コリント一 6:12−20   

歴代誌上 29:10−20

「あなたの神、主を愛し、その道に従って歩み、その戒めと掟を守るならば、あなたは命を得、祝福される」(申命記30:16)

この御言葉に続く言葉は「聞き従わなければ、必ず滅びる」(同17−18)です。 私達は復活の命をいただいて、命と幸いの道を歩み続けます。

心からの喜び

愛は喜びをつくります。信仰は、神様が私の為にイエス様を遣わして下さったことを確信し、自分の為ではなくイエス様を信じて従っていく生涯へと変えられていき、イエス様に仕えることが喜びとなっていきます。自分を愛し自分の為に生きる者は、自分に出会う…

生き生きとした希望

復活の命をいただいて新たに生まれたクリスチャンには、生き生きとした希望が与えられています(3節)。その希望とは終末に準備されている救いの完成です。その準備された救いを受けるために、私達は、自分の努力や行為によるのではなくて、「神の力により、…

クリスチャンは新しく生れさせていただいた者

今日の聖書に「神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生れさせ」(1:3)とあります。クリスチャンは、「罪」によって神様から分離されていましたが、イエス様の血によって罪が赦されて神の子とされたことを信じた時、「復活の命」が与えられて新しく…

血を注ぐ

旧約の時代、人間が犯した罪を神様から赦していただくために、律法に従い、大祭司が人間の代表として、毎日、神殿に動物をいけにえとして捧げ、その血を祭壇に注ぐことが行われていました。しかし神様は、このような形で「罪の赦し」を与えることを終らせて…

はじめに

今日の聖書は、イエス様の弟子ペトロが小アジアのキリスト教会にいるクリスチャンに宛てた手紙です。ペトロは手紙の初めで、クリスチャンのことをこう表現しています。「あなたがたは、父である神があらかじめ立てられた御計画に基づいて、『霊』によって聖…

ペトロの手紙一 1:3−9  

申命記30:11−20

共にいて下さる神(インマヌエル・マタイ1:23)

今日の旧約聖書で「息子達は帰って来る。あなたの未来には希望がある」と主は保証して下さっています!私達は、神なしに生きていた時の恐怖や孤独から解放され、「共にいてくださる神」が、ぬぐい難い罪や大きな苦難の中にいる私達に、わかる形で最善の道を…

東日本大震災

家族や愛する者を亡くされた方々、家屋財産を失なった方々、故郷に帰れない方々など、避難されている方々が沢山おられます。大震災も又、神様が造られた自然界の壮大さを忘れ、人間の力ばかりに頼る傲慢さ、用心を怠る慢心、行政の無力、自己中心、人間が自…

十字架による罪のゆるし

幼児虐殺の話は、救い主誕生という喜ばしい出来事が、心根の悪い為政者によって悲しい出来事に変えられています。幼児達は人間社会の罪(武力で権力を持つ者の支配を許している大人)の犠牲者といえます。 イエス様の十字架は、まさしくこのことを表していま…

避難

「避難」とは大変な苦難から逃れることです。イエス様の救い主としての歩みは、最初から苦難の連続でした。生まれる前から母胎は旅路にあり、生まれる直前でも両親は宿屋を見つけることが出来ず、お生まれになっても用意されたベッドはなく飼葉桶に寝かされ…

エジプトへ

神様の働きかけはヨセフにもあり、ヘロデ大王の殺害計画を夢で知らされ、闇の中を厭わずに命じられるままにエジプトへと避難します。エジプトは、モーセがイスラエル民族を率いて脱出した異邦人の国です。この「出エジプト」の出来事は、イスラエルの人々に…